たんぽぽのはちみつ

たんぽぽのはちみつ

たんぽぽのお酒、は言わずとしれたレイ  ブラッドベリのすてきなおはなしだけど、この前、うちのちびしろちゃんと「たんぽぽのはちみつ」を見つけました。 うちのちびしろは、もう6歳になったんだけど、歩くみちみち、お花を摘むのが好きです。 お花を摘むのが、いいことなのか?どうか?は賛否両論あるとおもう。 お花を摘むということはそのお花のいのちを手折ってしまうこと、とおもえば、それは、よくないこと。でも、わたしはいくつになっても、お花を摘んでは花冠をつくり、花のネックレスをつくり、というのがすきで、ちいさいひとたちの、そのはしゃいだきもちを叱ることか。なかなかできません。 もちろん、たくさん摘むのはよくないし、でも、おうちのちいさな花瓶(というか、コップやグラスや、ジャムの瓶などに)にそっと挿すくらいのお花を帰るみちみちに、うたいながら摘むくらいはごめんなさい、いいかなぁ、なんておもってる。 この「お花のいのち」とか、あるいは「ハム、ソーセージになる豚さんのいのち」とかのお話はなかなかむずかしいし、長くなるので、またこんど!ゆっくり話しましょね。 なにしろ。 彼女が、きいろいたんぽぽを摘んで、ふと手をみると、しろい、たんぽぽのお汁が出てたの。わぁ!ママ!ママ!と彼女はおおさわぎした。たんぽぽのはちみつをみつけたよ! すてきだなぁ、っておもうんだよ。 ちいさいひとたちのこういう、発想が。すきなの、わたしは。 ちびしろは、うちで、はちみつぱんやジャムパンをよくたべていて、白っぽい、イタリアのオレンジや檸檬の花の蜂蜜がすきなのです。白いたんぽぽのお汁にすぐ、蜂蜜をおもいだしたのは、彼女のあさごはんのせいね。べつの子なら「たんぽぽのミルク」というかもしれない。ただ、ぺたぺたの樹液?を気持ち悪がるひともいるかもしれない。 たのしいなぁ、っておもいます。 ごくさいきん。 わたしの存じあげているかた(芸術的なお仕事をなかってる)が、彼女がことのほか、手塩にかけた愛弟子の妊娠に激怒したの。彼女のだいじな公演の直前だったから。うん、わかるよ、せんせい。彼女には、愛弟子のベビーちゃんよりも、ご自身のだいじな公演にケチがつく、ということのほうが間近に、ちかしくみえてしまう。ただ、それだけのこと。ベビーがきてくれる、ということを、わたしたちはみな、嬉しい喜ばしいこととおもうけど、芸術一筋に生きてきはった彼女には、いのちのいとなみよりも、もっと、芸術のほうが血が通ったことなのね。 ひとは、みな、日頃のじぶんの好みや生きかたや、だいじな心情、信条に沿ったことしかできないのね、とわたし 、おもいました。 ベビーのことを祝福なさらないせんせいを責めるのはかんたんだけど、彼女の生きかた、彼女のまいにちには、芸術のことがひろくおおきく、ちからづよくあるのね。 なので、わたしは先生を悪いとはおもってないの。ただ、怖いな、とおもっちゃった。ベビーのことを祝福なさらないかたに、じぶんの子供を預けるのはこわいなぁ、って。 まりあこにはさまざまなかたがいらっしゃいます。こどものひと、おとなのひと。子供のいるひと、いないひと。おんなのこ、おとこのひと。業者さん、作家さん。おかあさん。おばあちゃま。ギタリストさん。とこやさん(ヘアメイクさん、と言うほうがいいかな)、おはなやさん。 みなそれぞれの目線でそれぞれに生きてはって、その片鱗をちらりと、まりあこで見せてくださるのがたのしい。すべて共感できるかたなんていないだようけど、ぜんぜん共感できないかたもまたいてはらへん、っておもいます。少しだけなにかを共有できたら、それはとてもすてき。 何度もすこしづつちらっとお話してるけど、6月の「雑談しようそうしよう」はそんな、少しづつ共有できるおしゃべりを、みなで見せあって、みながやさしくなれたすてきな会でした。 その場をつくってくださったmineoさん、ようこさん、お写真の凪さん、そしてその日に集まってくださったかたのお人柄だとおもう。ほんとにありがとう。ありがとう、みんな。 ひとのことを責めたり、「わかんない!」と放棄したり、突き放したりせずにいたいなぁ、っておもうなつのいりぐちです。 たんぽぽのお花を摘んで「わぁ!たんぽぽのはちみつ!」と言うちびしろちゃんとなにかを、ずーっとシェアしていたいな、とおもうよ。あなたは、たんぽぽのなにをみつけたの? なにかちいさな、かわいくて、だいじなことを共有できたらいいね。 あそびにきてね。 待ってるね。

 

誰かがきめた自由は要らない

誰かがきめた自由は要らない

5月6月のうみべのまりあこ。 凪倫花さんの写真展と、mame booksさんのすてきな本棚(本屋さん)が、ほんとうにしずかに大反響でした。まりあこは、ちいさなしずかな図書室みたいで、とてもここちよかった。いつも、ずっと、まりあこにいるわたしが言うのもへんだけど、あー、きもちいい、なんてここちのよい場所だろう、と日々思っていました。こころにじわじわしみてくる、写真たちや本たちを、すわりこんで、じっくりゆっくりたのしむかたがいて、そのおなじ空間で、おやつや薬膳茶をご用意するのは、ほんとにたのしかった。とてもとてもしずかなじゆうを、舌の上でころがしているような初夏だったのです。 6月の凪さん、mamebooksのミネオさんを迎えてのちいさな会も、ほんとうにあたたかなすてきなすてきな会でした。帰り際にねぇ、みんな、お互いハグしあったりしててね。涙がちょっと出たよ。みとめあう、ゆるしあう。日本中がこんなふうにあたたかだったら、なんのしんぱいもないのに、っておもいました。 新しい展示がはじまりました。 平野久美・わさまちこ2人展。 なつのはじまりにふさわしい、こころがざわめくような、でも、やっぱり、あたたかい、やさしいつよさのある展示です。平野ちゃんとまちこちゃんも、あたたかくてやさしくてつよいの。パッと見は、つよくて凛々しい平野ちゃんに、ほんわりあたたかなまちこちゃん。に見える。でもよくよく話してみると、けっこう、繊細でやさしくて、なみだもろい、ほわほわの平野ちゃん、きりりと芯がつよいまちこちゃんだったりもする。すてきにさいこうのコンビです。 ふたりの作品は寄り添うようでいて、それぞれ、ひとつひとつすてきで、ひとつですっくと立っていて、それでいて、隣のお互いをやさしく支えあってるみたい。 あぁ、6月の会といい、凪さんのお写真たちといい、mamebooksさんといい、平野久美・わさまちこふたり展といい、、なんてやさしくて、なんておおきくて、あたたかい。なんてじゆうなんだ、と、わたしは、つくづくおもう。 自由がどんどん狭められてくような、いまの日本で。 この場所には、まりあこには、ほんとのじゆうがあります。ほんとに。ほんとうだよ。 自由ってね、ほんとはこんなふうに、つよくて凛としてて、でもすごーくおおらかでやさしくないと、自由じゃない。みずからの内からにじんでくるじゆう。 うちのお兄ちゃんの通う中学校で、校則とか規則とかが、も~う笑けるくらいにがっちがちで、そんな中学校で「自立とか自律、自活」なぁんて言われるのが、ちゃんちゃらおかしい、っておもっちゃうの。そんながんじがらめの中で、ひとは自由になんかなれないよ。 あとね。テレビで言ってたの、ベビーカー問題になってる、って。ベビーカーを「邪魔だ」「世間さまにご迷惑かけています、という謙虚さがない」と言って非難しはるかたがすごくたくさんいてはって、また、ベビーカーのおかあさんもとても怒ってはって疲れてはって。わたしはびっくり仰天して、涙が出た(これは、もちろん、いい涙じゃなく、おどろきあきれちゃう、ざんねんな涙ね)。こーんなこわいかたがたで日本はいっぱいなんだろうか?だから、いまの日本がどんどん加速度的にわるく、こわくなってるんかなぁ、、、って泣けてきた。かなしくて。 我れ先にとひとをかきわけて、大声をあげて、じぶんの権利を主張しはるかたには、自由のきらきらする、どきどきする醍醐味なんかわからないのだ、とわたしはおもう。 お兄ちゃんと6歳のうちのちびしろちゃん(小学校の運動会でめっきり日焼けしちゃって、ちびしろ、、、がすこし、ちびしろ腕くろちゃんになってる!!)がきのう、聴いてた嵐のうたで「誰かがきめた自由は要らない」って、なんども言ってたよ。ほんとうに。ほんとにそうだよ、ってわたしおもってる。 がんじがらめの中では自由も自立もないし、ひとのきもちになれなくて、じぶん以外のひとをばんばん非難するひとのところには真の自由は訪れない。 そうおもう。 誰かがきめた自由は要らない だいじなことだね。 手前味噌だけど、まりあこのゆるーーーくて、ちょっとだるくて笑、しずかな(ときどきはげんきで賑やかな)この場所には、自由があります。それはね、じぶんできがついて、じぶんでみつけて、そおっとかかえあげて、だきしめて、謳歌するものだ。 自由って、かたちはきまっていない。ただ、ひとりひとりがそれぞれ、フラットなプレーンなやさしいこころではっけんするものだ、とおもう。 あぁ、あそびにおいで。 きらきらと自由で、しずかでやさしい場所へ。 6月の会でね、「やさしいなぁ。この雰囲気が優しい。責めないんだね」って、京都のはすそらさんがおっしゃってくださって。わたしはじーんときたよ。嬉しかった。それは、自由の本質をとてもとても的確に言いあててはったし、その会の意味をも、明確におっしゃってはったんだ。 日々過ごしてゆくと(とくに、いまのこーんな時代、こんな日本では)、怒りも諦めも、絶望もたくさんたくさんあるけれども。 でも、自由をみつけよう。 じぶんだけのじゆうを抱きしめよう。 あそびにきてね。 待ってるね。 きらきらじゆうなうみべで、あなたにあえるの、待ってるね。

 

雑談しよう、そうしよう。

雑談しよう、そうしよう。

なんの遊びだったのかしらん、ちいさいころしてた遊びのなかで、幾人かで2列に向かい合って、「相談しましょ、そうしましょ、べーっ!」と言い合う遊びをしてた。 (さいごの「べーっ!」は憎まれ口で、べろを出しあってるのね。) 今はもうその遊びをしてはいないけど、この、遊び唄特有のこころにのこるメロディときちんと語呂のあうフレーズがすきで、いまでもときどき、つぶやいてみたりする。なにかたいへんなこと、困難なことが起きてて、もちろん、解決するのはじぶんひとりなんだけど、「相談しましょ、そうしましょ」とつぶやくと、しぜんと、きもちが落ち着いて、いい結論にたどりつくような気がする。 さて。 今週の日曜日。 お忙しいですか? 須磨のうみべのまりあこで、小さな会をします。 イベント、、、なんだけど、イベントと言っちゃうと、うーん、すこしずれるような、もっとちいさくて、ふわっとしてて、和やかな会。そんなイメージが、わたしのなかにはあります。 5月6月のまりあこに展示してくださっている、凪倫花さんのお写真とことば。mame booksさんのたくさんの本たち。そのすてきな展示の中で、好きなもの、ことをたくさん、皆で話そうよ、という会。 mame booksさんがずっとやってはるbook wormという詩や言葉たちの会の流れを組んだものなので、基本的には好きな本、ことば、音楽、映画等々を紹介しあおう、というかんじ。でも、「すきなこと、もの」ならなんでもいいので、たとえば、すきなお菓子のはなしをずーーーっとしていただいてもいい。なんならそのお菓子を配っていただいてもいい、ううん、ひとりだけばりばり食べるとこを見せつけるのでもいい、笑、あるいはすきな友達のはなしでも。あなたの仲良しが仔犬だったら、わんくんもいらしてもらっていい、仔猫、仔栗鼠、仔羊くんもぜひどうぞ。ふわふわのぬいぐるみくんもいいな。うちの6歳のちびしろは、ふわふわのおともだちがたくさん、彼女はきっと「ふわふわかぞく」のおしゃべりをするでしょう。。生きた仔犬、仔猫ちゃん、ぬいぐるみのふわふわさん、連れていらしてね。 あ、、、ワニくん、とか、、、ヘビさんには、、、ご遠慮いただきたいかもしれないけど、そんなふうに好きなもの、ことをどしどし持ち寄って自慢?シェアしましょ、という会です。 凪さん、mame booksのみねおさんもいらっしゃいます。 薬膳のお茶と、おやつがついてて、お茶代として1500円。 ぜひお気軽に、かるく、いらしてくださいませね。いらっしゃる前にお電話かメールで、ご一報くださいませね。 bebe@mariaco.comまでご連絡なさってね。 そうそう。 事後報告?なんだけど、この会のタイトルをずーっとおもいつかなかったの。3月4月の会は「おしゃべり会」としたのですが、それって、いわゆる女子会とかオフ会みたいやし。うーん、って。 で、わたしがつねづね「行きたいなー、いつ行けるかなぁ、、」とおもってる京都の「世界文庫」さんのこの前?のイベント名が「雑談喫茶」だったの。おおっっ!!とおもいましたねー!「雑談」うんうん、このことば!ぴったりです。 で世界文庫さんと食堂souffleさんに「ごめんなさい!」しなきゃかも、だけど、この会は「雑誌しよう、そうしよう」の会にしたらええなぁ、とおもって。そういう、かるくて、なつかしくて、ふだんぎの会です。 雑談ってね、何か昭和なかんじもする。昭和なひびきだよ。 「相談しましょ、そうしましょ、べーっ!」の遊びはたのしかったなー、とおもう。わたしはずーっとインドアなこどもだったから、外遊びはほぼしてなかったんだけど、この「相談しましょ」とか「たすけおに」とよんでた鬼ごっこの、ワクワクドキドキするかんじは今もなつかしい。笑い過ぎて、息がきれた、過呼吸みたいになるほど笑った、あのかんじ。 あのかんじを、今もかんじたい、とおもいます。 テレビのワイドショーみたいにどおでもいい、とおーいかたの不倫について、くそまじめに善悪説く、なんて、もうちゃんちゃらおかしい。すきなアイドルを勝たせるために、ひとりでたくさんCD買ったり、なんかも、なんだかかなしい。とおいかたの、エンタテーメントのことは、ふふふ、と笑ってたのしめたらいい、とおもうの。 必死になって、息がとまるほど笑ったり、泣いたり、喧嘩したり、恋したり、それこそ相談したり。そういうもの、ことはぜんぶ、あなたの身近なことであってほしい。ヴァーチャルな仮想世界に住んでるんじゃないもん。 だからね。 うみべのまりあこで、みんなおもいおもい、すきなとこに座って、各自勝手にお茶したり、お写真みたり本よんだりしつつ。みなで雑談しよう。 夢中になれることは、顔をみて、手渡しで伝わるもの、こと。テレビみたいに、無条件にみえちゃうものじゃなく、本棚からじぶんで選らんで、読みはじめるもの、こと。そんな、ちかくて、なつかしくて、すこしじかんのかかることをしたいのです。 もちろん、テレビだってたのしいよ。ヴァーチャルのぜんぶを否定してるわけじゃないよ。 でも。 23日にじっさいに逢って、話そう。どーでもいいこと、ちいさいことを雑談しよう。 ぜひいらしてね。 まりあこはちいさなスペースですが、まだ、すこし余裕があります。ぜひメールしていらしてください。 遊びにきてね 待ってるね。 あ、末尾になってしまいました、、、世界文庫さん、食堂souffleさん、「雑談」借りちゃってすみません!ちかいうちにあそびにいきますね! 待っててね。

 

しずかな図書館

しずかな図書館

いま、まりあこは5月の図書館です。 って、なんのはなし?とおもわれたかた、多いだろけど。 ほんとにそうなの。 5月の図書館。 横浜から、ミネオさんがmame booksさんを抱えていらしてくださいました。車にたーーーくさんの本と本棚と、ごきげんなおんがくと(たぶん)と、すてきなきもち、やさしいおんなのこ、晴れ晴れとしたおもいを載せて、じかんかけて、ゆっくりいらしてくださいました。 本屋さんの開店です! 凪さんのお写真たちと、mame booksの本屋さんが並んでいます。 さいしょっから、これは合うなぁ、、、とうすうす知ってはいたのです。わたし、いちおう、ずーーーっとながーーーく企画とかいろいろコーディネイトもしてるからさー、ミネオさんの本屋さんと凪さんのお写真が合うだろうなぁ、とはおもってた。だけど、こんなにも、やさしく、ぴったりと息があうなんて。 すてきです。 mame booksの本たちはぜんぶ買えます。でもふつうの本屋さんとはもちろんぜんぜん違う。ぜんぜん音色とか、響いてるようすが違う。この本たちは、読んでくれたひとたちにとって忘れられない本になるんやろなぁ、という子たちです。 会いにおいで。読みにおいで。 すてきな本屋さんは、しずかな図書館みたいなおだかな風貌で、そのそばにしずかに息ずく、だいじな写真たちのことをそっと支えているみたい。支えてる、というのは、うまい言い方ではないけど、なんだろう?おおきなともだちと繊細なともだちが、揃って、まりあこに止まってくれてはるかんじ。 すてきです。 また詳しいおはなしもしますね。ミネオさんのおはなしや凪さんちの美男子のおはなし(美猫くんです♡)や。 あ、すみません。この冒頭のお写真はね、まえの凪さんの展示のとき。今のお写真たちのことは、ごじぶんで見においでね。いそいそと見にきてね。 こちらはミネオさんが、本屋さんのおはなしをしてくれてるとこ。散歩する移動本屋さんです。 http://mamebooks0115.jugem.jp/?eid=384 とりいそぎ。 6月にはちいさな会もします。凪さん、ミネオさんもいらっしゃいます。こちらもぜひいらしてね。その前にぜひ、しずかな図書館に休憩においで。そして、しずかな写真たちに会いにきて。忘れられない5月になるよ。 5月のまりあこ。 庭(つうか、ベランダ)にしろい花々が咲いています。しろい野ばら、クレマチス、白いすみれ、アネモネ、すずらん。そのお花たちがあまりにも凪さんのお写真たちに似合うので、わたしはこれはきっと、花たちが選んで咲いてくれてるのや、とおもってる。この場所を、このときを、望んで咲いて、出会ってくれてはる。 あなたもおいで。 5月のしずかな図書館に。 しろい花々も咲いてるよ。 遊びにきてね。 待ってるね。

 

みどりのゆびと そらいろのサバさん そして、わたしのぷらてーろ

みどりのゆびと そらいろのサバさん そして、わたしのぷらてーろ

もう!庭がすごいことになってます! きっとみなさんのとこもそうかなぁ。。。 先日、お手紙みたいなメールをいただいて、そのなかに「横浜はツツジがきれいです」とあって。もうそのことばで、わたしのあたまの横浜は綺麗なアザレアのあかに染まっています。ほんとうに5月はめぐみのみどりのきせつだ、とおもいます。 まりあこの庭(つうか、ちいちゃいベランダです、、、)には、みどりがしたたるように溢れ、満ち、咲きみだれています。 ミモザ(まだぜんぜん咲かなくて、背ぇも三歳のこどもくらいのたかさ。だけど、みどりがさらさら言う。うつくしい!)、ブルーベリー(これはまさに花盛り!)、薔薇たち、すみれ、ジャスミン、あじさい、檸檬、オレンジ、あぁ、もうほんとに! ゆみちゃんにいただいたレモンバームの種も蒔いて、そうしたら、あっという間にちいちゃい可愛い芽が出てきて、うれしくなりました。芽生えってこころたかなります。 (蛇足だけど、おなじ種を大分在住のお客さまにいぜんお分けしたら、もうすくすくおおきく育っているそう。九州のみどりは、このへんのうみべのみどりより、きっともっと骨太ですね) みどりのゆび(園芸がじょうずなひとのこと)とよく言うけど、わたしのみどりのゆびは、5月限定だ、とよくおもいます。5月には、土仕事がどんどんしたくなるし、5月に蒔いた種や草花はほんとうにおどろくほど、すくすくのびやかです。そして、うつくしい。 あぁ、ひとつすきな5月の詩をよませてね。 ウンベルト サバさんというひとの、5月のあおい晴れた空をおもいだす、すてきなことばたち。 鞄を手にもった、ぼくの娘は、 そらいろのおおきな目をして、 かるい夏服を着て、 パパちゃん、という。 今日はいっしょにおでかけしたいの この詩はまだちょっと先がながいのですが、わたしは、このふうけいをおもいうかべるとき、いつも、あぁ5月!とおもってしまうのです。 イタリアの詩人サバさんのおはなしもまたしましょう。5月のみどりにいつもおもいだすスペインのだいすきな「プラテーロ」のおはなしもまた。 あ、蛇足ついで。 先日、3月1日のこのおしゃべりコーナーのなかで、わたし、「とらいろの」と書いています。あとで読み返して、、「とらいろ?」とおもった、じぶんで。「ちびくろさんぼの、ほっとけーきみたいな色かしらん?」なんてじぶんで色々考えた。 そらいろ なんですね~すみません!笑 そらいろがほんとうにうつくしいきせつ。みどりのうみべに遊びにおいで。 4月28日の会にもぜひ。 あなたにあえるの待ってるね。

 
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